■PV

Amazon.com(米国)などの日本国外のAmazonからも日本国内に住む人間が商品を購入することが出来る。ただし、輸出を何らかの事情で制限している商品はその限りではない。 全世界でのAmazonのASINが共通であるので、他言語版で商品を探した後、購入困難な商品のASINを米国のAmazonにて検索すると、同一の商品を見つけることが出来る。 Amazon.comの場合、決済(支払い)はドル建てで、国際郵便為替 (Money Order) またはクレジットカードが選べる。どの国のサイトもAmazon.co.jpとほぼ同じインターフェースであり、英語が得意でなくても購入の手続きは可能である。ただし、海外のAmazonとの間で何らかのトラブルが生じた場合には、各国のAmazonの担当者と相応の英語で交渉する必要が生じる。 配送、決済などに手数料がかかることを考えると、Amazon.co.jpでは扱っていない商品の購入(一部学術書、英語でふき替えられた他言語の映画、アニメなど)を除き敢えてAmazon.comで購入する必要はあまりない。また、マーケットプレイスの中古品 (used item) は出品者によっては、諸外国への発送サービスを扱っていないこともある。また、多言語の扱える担当者を配置している出品者もある。 Amazonでは書籍の管理方法をジャンル別、出版社別といったようにカテゴリわけせずにばらばらに配置する[1]。そして、書籍を取りにいくときにはホストコンピュータから携帯端末へと情報を送り、どこにあるかを把握する。そして、転職サイト を納入するときには、書籍につけられたバーコードと棚のバーコードを読み取ってホストコンピュータに登録する。こういった管理方法によって、ジャンルで分けるという余分な手間を省いている。 Amazonの個人情報管理は、甘いと考えられている[2]。古くから、趣味や趣向に関する情報を集めすぎであり、仕様上、個人情報が簡単に公開できてしまう傾向があることを指摘し、注意を喚起する議論があったが[3]、ついにAmazon.co.jpからも「仕様による個人情報の漏えい」が起こってしまった。このシステムについては、従来から「子どもと性犯罪者の接触機会を高める」という指摘があった[4]。なお、Amazonは「ウィッシュリストは、ユーザーが欲しいものを公開するシステムであり、欲しい物が一致した場合物々交換が行われる事があるが、アマゾン上では無い取引の為アマゾンは関与しない」としている。 Amazonはサインイン(ログイン)しなくとも、ブラウザに保存されているクッキーを元にアクセスした者を特定して、過去の購買履歴や評価した内容を元に「お薦め」の商品をトップページに提示するため、サインアウト(ログアウト)しなければ、アクセスに使用したブラウザ・ソフトを立ち上げた人間はだれでもサインアウトしなかった人の読書傾向や購買傾向を知ることが出来る。とりわけ書籍の購入リストはその者の思想・良心の自由を侵害する恐れが大きいため問題となる。 過去にマーケットプレイスで初期設定を変更しない限り第三者に住所、氏名、メールアドレスが開示される事件があったが、仕様変更により対処された 米国Amazonは、子供の個人情報を親の許諾なく収集している事で消費者団体から苦情を寄せられた経緯がある[5]。 Amazonはアフィリエイトサービスと呼ばれる、店子を開設するサービスを提供している。そのサービスは、SOAPプロトコルによる高度なサービスをはじめとし、単なるXSLTテンプレートファイルを置くだけで店子を開設する事のできるXSLTエンジンも提供している。店子は売り上げによって報酬を受けとる事ができる。このサービスは様々なサイトで利用されているが、現在はその座をGoogle AdSenseサービスに奪われつつある。 2000年に制定された Amazon のロゴは、"看護師 求人 "(amazon 部はボールド体)の黒いサンセリフの文字に、a から z に向かって下向きの弧を描くオレンジ色の矢印が重ねられたもの。この矢印は、"from A to Z" 、つまり Amazon で何でも揃うという意味と、顧客の満足を表す笑顔とを同時に表現したものである[6]。 買った本を自宅に置いたまま、職場や旅行先でも読める新たなサービス。インターネットを利用可能な場所ならばどこでも、Amazonに接続して閲覧することができる。2005年11月3日米Amazon発表(日本でのサービス開始等は不明)。 ユーザーは商品に対して星5つを満点として評価をすることが出来る(これを「レビュー」と呼ぶ)。また、レビューの読者は投稿されたレビューが参考になったかどうか、「はい」か「いいえ」の票を入れることで評価できるという仕組みになっているが、発売前の商品に対してまでも評価を下すということが出来る状態である。また発売された商品のレビューにおいても、レビューした人物がまだその商品を購入していない旨の記述がはっきりと書かれているのにも関わらず掲載されている場合もあり、実際に使用した商品のみを批評するシステムであると位置付けられてはいない。 J・K・ローリングの手作り本『The Tales of Beedle the Bard』を、ロンドンで開かれたサザビーズのオークションで195万ポンド(約4億5000万円)で落札した。 マルチポストという言葉はインターネット利用の多様化に伴い、ニューズグループに限らず電子掲示板やメーリングリストといった、知識の集積と共有を目的としたさまざまな形態のコミュニティーへの投稿についても援用されるようになった。マルチポストはマナー違反であるとして嫌う傾向が強いとされる[1][2]。マルチポストされる記事の内容は、技術的な疑問や質問、助言を求める場合か宣伝が殆どであり、雑談の内容で使われる事例を見かけることは稀である。 日本では「ポスト」と言えば誰もが知る郵便ポストを連想するが、「ポスト、Post」とは広告、告知や意見などを壁や電柱など目立つ所に張り出す掲示や告示する事を表す動詞で[3]、多い、複数、多重などを意味する「Multiple」を冠したもので、日本語ではカタカナ言葉ではなく、漢字で「多重投稿」とも言われる。 日本ではあまり見られないが監視カメラ が一般的な事として行われるの欧米社会では、求職のため職を持つ者も、持たない失業者も就職活動の一つとして費用がかかる新聞などへの有料の「求職広告」を避け、無料や僅かな金額の負担で街中や商店、スーパーマーケットなど人が集まる場所に「職を求む!」として紙を張り出す事や職業紹介事業者に求職登録などする事を「Job posting」と呼び、複数の張り紙を多くの場所に張り出したり[4]、重複登録する事を「Multi job posting」と呼んでおり、これがインターネットが多用されるようになって「マルチポスト、Multiposting」と言われはじめた。 マルチポストがマナー違反と見なされるのは、以下のような理由による。 回答が複数のコミュニティーに分散してしまい、知識の集積という一コミュニティーの目的にそぐわない。 その問題に関心のある人は類似した複数のコミュニティーに参加して新規投稿をチェックしていることが多いが、あちこちの同じ投稿に対してそれが本当に目新しい内容かを峻別しなければならなくなる。 他のコミュニティーで付けられた回答を知らずに同内容の回答を付けてしまったり、他のコミュニティーですでに解決したことを知らずに検討を続けたり、善意の回答者の労力が無駄になる。 この場所だけでは質問が解決するか不安であるという不信感を表明することと、結果としては同じである。 こうしたことから、回答をする意欲を失わせたり、不快な気分にさせてしまう場合がある。 しかしながら、どうしても早くデータ復旧 が欲しい時や、多様な回答を得たい時、そのコミュニティでは回答が得られそうにない場合などにマルチポストを行う場合もありえる。その場合、少なくとも以下のことを書き加えた上で文章を投稿することが望ましい。 マルチポストしていることを明記する。 他にマルチポストしたページ(サイト)のURLを明示する。(回答者が回答を書き込む前に、すでに同一内容の返答がないか等を確認できるようにするため。ただし質問掲示板の多くは類似する事柄を話題とする他の掲示板へのリンクを張る事自体、ルール違反、マナー違反とされる場合がほとんどである) マルチポストに至った経緯(すなわち理由)を説明する。 問題が解決した場合はマルチポストした全てのページに問題解決の報告を行う。 しかし、以上の点に留意したマルチポストでも嫌う人間がいるため、 それを否定する指摘や書き込みによって、マルチポストであることを明示するなどの失礼にならない方法がとり難くなり、かえって悪質なマルチポストを増やす原因にもなっているという意見もある。 もちろん、コミュニティの運営者によって禁止されている場合(mixi[5]など)は行ってはならない。 ネットニュースの場合、複数のニュースグループに記事を投稿するクロスポストという機能がある。一見マルチポストに似ているが、ネットニュース本来の機能であるため、失礼な行為にはあたらない。 クロスポストの場合、そのうちの1個の投稿を閲覧すればそれ以外の投稿を見なくて済む機能がニュースリーダーに備わっている。 一方でナレッジマネジメント:「個人の知識を組織的に共有し、より高次の知識を生み出す」的な視点からの意見では、 あるコミュニティーでしかその書き込みを見ないユーザーもいる コミュニティーごとに全く別の解決方法が提示される可能性がある コミュニティーの構成者別に様々な回答を得たいという気持ちがある ため、マルチポストを容認してもいいと述べる趣旨の意見も挙げられる。 その背景にある、インターネット自体が「ネットコミュニティや掲示板に集まる人の集合体」と捉えられていた時代から、「有名無名な人が保有する情報の集合体」というWeb2.0的な捉え方に移行しつつある事象を見逃すことはできない。マルチポストを一コミュニティだけでなくネット全体のマクロな視点から見ると、回答が複数コミュニティに分散されたとしても、インターネットに集積されることに変わりはない、とも言える。そして、google等検索エンジンを利用すればそうした情報を俯瞰的に見ることが可能なため、情報収集者にとっては知識が集積されたという事実が重要であり、マルチポストか否かは問題ではない。またマルチポストに対しては否定する指摘や書き込みが同箇所になされる場合も多いが、それ自体本当に必要な情報を覆い隠すことになりかねないと嫌うネットユーザーも存在する。